top of page
特集記事

星だけが君を見ていたvol.0

2002年~2004年に書いた自伝的小説です。

0、 プロローグ  「慎一が・・・」 勝さんは電話越しにそう言いかけて次の言葉につまっていた。  慎一、つまり小林慎一君は高校時代の友達だ。ベートーヴェンの第九番交響曲を歌う会、通称「第九」で知り合った。笑顔がすごく印象的な人だったが、頭がよく(勉強もそうだがそれ以外の意味でも)礼儀正しく人にも優しかった。  これだけ聞くと優等生をイメージしそうだが、自分を強く持っていて実はカン(・・)の強い繊細な人だということも僕は知っていた。特技はトランプを中心としたマジックで、それを見るのが僕は大好きだったが、それ以上に僕は彼自身を尊敬していた。と言うよりは、そのどこか謎めいた人格を畏れていたのかもしれない。とにかく、僕にとって彼は特別な人だった。  僕は(小林君がどうかしたの?)と聞く代わりに「はーい、慎一でーす。」と冗談を言った。その日は予備校の友達とカラオケに行ってきたノリで上機嫌だったせいかもしれない。しかし勝さん(彼も「第九」)はそれには答えずにこう言った。  「慎一が・・・死んだ。」 時が止まった。しかし、それは一瞬だけで僕の脳はすぐにそれを受け止めた。あの時、僕の顔はどう変わったろう。  「嘘だろ。嘘じゃないってわかってるけどよぉー!」 わけがわからなかった。 (あぁ、まただ。また、また友達が・・・) 頭の中でそればかりがループした。  勝さんは涙声で言葉につまりながらもしっかりと喋ってくれた。交通事故だったこと。明日の夜に通夜があること。黒田君が小林君の母から連絡を受けたこと。小林君と仲の良かった人に連絡を回してほしいと言うこと。  とにかく僕は「わけがわからない」ままだったが、なんとかその用件やお通夜の時間、場所などをメモした。しかし電話が終わった後の僕は気の狂ったようなうめき声をあげ始めた。  驚いてリビングに来た母に僕は「小林君が・・・死んだ。」と、そう言ってしまった。言ってしまって、僕のわけのわからない気持ちは暴走した。わめきながら自分の部屋に飛び込み、敷いてあったふとんの上で暴れながらわめいた。声の続く限りわめき声をあげていた。  さっきの聞いたことがずっと頭の中でループしていた。あんなにおかしくなったのは生まれて初めてだったろう。狂っていたかもしれない。  東君(高校のクラスメイトだった)が死んだと聞いた時は僕達の前から姿を消して一ヶ月もたっていた。どこかで(もしかすると)といった不安があって、ある意味で心の準備ができていた。それでも友達を亡くすのは初めてだったし、むちゃくちゃ泣いた。でもここまで狂っていなかった気がする。あの時、僕は自分を呪った。  (なんで僕の周りばかり人が死んでいくんだ。何故、何故?助けられなかったのか、本当は?)  答えは出なかった。わけのわからない声はいつしかやんだが涙だけは止まらない。     一九九九年七の月 世界は 確かに 崩壊した。  次の日、たくさんの人が小林君の通夜に訪れた。本当に人が多かった。高校の同級生を中心に二、三百人はいただろう。それだけ彼の顔は広かったし、人望もあった。通夜は北鎌倉のあるお寺で行われた。小林君が家族と旅行した時に「好き」だと言っていた寺なのだそうだ。  住職さんも事情を聞いて、そういう事ならと突然の話にも快く葬儀を引き受けてくれたらしい。そんな話がその時の僕にとって何か救いのようなものに感じていた。  僕はかつての第九のメンバーと行動を共にしていた。その中でずっとある人の事を探していた。前の日の夜からその人のことがずっと気になっていた。  カコさん。本当はかなこさんらしいのだが、本人がその名前が好きではないらしく、みんな「カコさん」と呼んでいた。小林君の彼女として昔みんなで遊んだことがあった。今回のことは知っているのか、今日は来ているのか?今も小林君の彼女なのだろうか?  「カコさん来てる?」 僕は黒田君に聞いてみた。黒田君は高校時代に知り合った僕の親友だ。彼は小林君とも親友と言える関係だった。認め合っていた、という感覚が近いかもしれない。その彼も別の大学に進んだ小林君とはあまり連絡をとっていなかったらしかったが、さっきの質問には「来てるはずだよ」とだけ答えてくれた。  黒田君は同い年の僕よりずっと大人びているというか、大人の落ち着きみたいなものを持っていた。高校時代はリーダーの役割をすることが多く、僕はよく横にくっついてサポートをしていた。といっても実質彼一人でいろんな事をこなしていて、僕は大抵「へぇ~」とか「すごいね」とかの相づちを打つだけだった気がする。二人は性格も外見も全くといっていいほど似ていなかったが、そんな感じですごくウマが合っていた。この日も僕は彼の横についていた。  次々といろんな人に会った。高校の同級生、先生、小林君の大学のマジックのサークルの人たち。皆、一様にうつむいて暗い顔をしていた。カコさんにも会った。彼女は一人ぽつんと立っていた。僕は何か言わなきゃ、と思ったが話しかけて何を言えばいいかなんてわかるはずがなかった。黒田君は二、三言話しかけたが、やはり言葉は続かなかった。  通夜が始まり、たくさんの人が焼香をあげた。いろんな事が頭をめぐっていた気もするし、ただ呆然としていたのかもしれなかった。この場所にいるのが嘘のように思えた。何かドラマや映画の中の出来事みたいな気がして、夢のような非現実感が僕を包んでいた。何故僕は、ここにいるのだろう?  焼香が終わって僕は小林君の顔をみた。きれいだった。頬にかさぶたができていたが、肌が透き通るように白い。そこに飾ってあった写真みたいに、「猫が気持ちいいときにするような笑顔」ではなかったが、逆に神聖で神々しいまでに見えた。でも、この人は昨日まで生きていたんだ、と思った時また涙があふれてきた。こんなにきれいなのに、こんなに、きれいなのに。  皆が見終わった後もカコさんはずっと彼を見ていた。僕はそんなカコさんをじっと見ていたのだが、突然の叫びが静寂を切りさいた。  「早く行ってください!慎一が眠れないじゃないの!」  ずっと泣き続けていた小林君の母親がヒステリーを起こしたかのようにそう言ったのだった。僕は驚いて、みんなとそこを出て、黒田君に「どうしたんだろう」と聞いた。明確には答えなかったが、黒田君は何か知っているみたいだった。僕はそれ以上は訊かなかった。今は何も知りたくなかった。疲れていたんだろう。  その後の食事の時、第九のメンバーの一部(五、六人)でこれからどうするかの相談をした。カコさんはたった一人でここに来ていた。唯一の知り合いが黒田君や僕達だったので、一緒に行動する方がいいという話になった。カコさんは細川さんという元第九の女の子の家に泊まることになった。実家に帰るには夜遅かったということもある。僕も自分の家には帰らず、明日の葬式のために黒田君と一緒に勝さんの家に泊まった。どんな話をしたかたのかをはっきりとは覚えていない。でも、 「小林君がいれば通夜ももっと楽しかったのに」 あの夜はそんな話をしたのだった。  次の日は、午前中に葬式をして午後には火葬場に行った。棺(ひつぎ)を持たせてもらったのだが本当に重かった。思えば棺を持ったのは初めてのことだ。七月十六日、雲一つない青空の中、汗がだくだくと流れた。  本当に、本当に暑い日だった。  火葬場では、僕はただの友達にしかすぎないのに骨を拾わせてもらった。彼は着やせするタイプでそうは見えなかったが、その体は鍛えられていてがっしりとしていた。しかし、彼の骨は本当にボロボロだった。身内の骨すら拾ったことのなかった僕はまたショックを受けて涙した。  隣にいた細川さんは涙をボロボロと流しながらも必死にこらえようとしていた。その姿が逆に痛々しかった。カコさんは火葬場には来なかった。きっと事情があるのだろうと僕は勝手に納得していたが、ずっと彼女のことが気にかかっていた。ずっと何かできる事を探していたが何も見つからなかった。  全てが終わり、小林君の担任の先生や、僕や黒田君の担任の先生とでカラオケに行った。カコさんともおちあった。葬式の後にカラオケに行くのは不謹慎なようにも聞こえるが、昔カコさんと僕達が遊んだ時もカラオケに行っていたし、合唱団でもあった僕らにとってこの日に歌を歌うのはある意味自然な流れだった。  みんな思い思いの歌を歌ったが、「Dear Friend」という曲を元第九の女の子が歌った時、僕はまた涙が止まらなくなった。「友達を亡くしたんだ。」という事を改めて実感しながら。  その後はみんな未成年にも関わらず先生と一緒に飲みに行った。在学中だったら絶対出来ない事だったろう。先生も一人の人間なんだということを初めて知った気がした。  そうして飲み会が終わった後、僕は帰る方向が一緒だったのでカコさんと二人きりになることがあった。揺れる電車の中、僕らは何を話していただろう。たぶん、僕は真面目な話をしないように話していた気がする。でも、話の最後にカコさんは  「どうしてあの人と会ってしまったんだろう。」 と言った。すごく真面目に。皮肉や嫌味などひとかけらもない、そういう声で。僕は絶句した。沈黙が流れる間僕は何を考えていたのだろう。しばらくたってようやく僕は口を開けた。  「縁(えん)だと思う。うん、縁だよ。」 と僕は言った。この世界で出会える人なんて本当に少なくてお互いを認め合えるなんてそうめぐり会えない。そんな中で出会った二人なんだから、それだけで意味がある。そんな事を言った。  カコさんはそれには何も答えずに電車を降りた。僕はちゃんとした事を言えたのだろうか。カコさんにとって少しでも救いになったのだろうか?そんなことを電車の中でずっと考えていた。あれからもう、カコさんとは会っていない。  偉大な人物はいるだけで周りを照らす。しかし居なくなった時、僕らに大きな影を落とした。その中であの時もう一人大きな闇に包まれている人が居た。椎名亜季さん。彼女は僕達と「小林慎一」という「縁」で関わっていくことになる。


後でもう一度お試しください
記事が公開されると、ここに表示されます。
最新記事
アーカイブ
タグから検索
ソーシャルメディア
  • Facebook Basic Square
  • Twitter Basic Square
  • Google+ Basic Square
bottom of page