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特集記事

星だけが僕を見ていた vol.2

2、予感  また、黒田君に呼び出された。今度は渋谷だった。  この時、僕は携帯電話をもっていなかったので、前日に家に連絡をもらうという昔ながらのスタイルの待ち合わせだった。  僕はこの頃、予備校の夏期講習以外にさして予定は無かった。普通、浪人生なら勉強しなければいけないんだろうけど、そんな事より人と話したり遊んだりする方があの頃の僕にとっては「大事」な事だった。  何しろ僕は「もう二度と勉強したくない。もっと自由にできる時間がほしい。」なんていった後ろ向きな理由で大学受験に臨んでいたからだ。ひどい話だが、その頃の僕は結構本気でそう思っていたらしい。そんなこんなで、あの日僕と黒田君はハチ公前で落ち合った。  「今日、多分亜季来るから。」  「そうなの?」  そう言いながらも僕も椎名さんが来るかもしれない、とどこかで予感していた。黒田君は椎名さんのことを恋愛対象としても好きなのだ、と僕は思っていた。  「恋愛対象としても」とわざわざ書いたのは、第九の僕らにとって見れば小林君の元彼女の子を普通の女の子として見る事が出来なかったからであるが、ともかく黒田君は時間が合う限り椎名さんに会いたいと思っていたみたいだった。  ただ、椎名さんが来るのはまだ後の事らしく、それまでは二人でスターバックスで話していた。でも、あの時は二人共少しそわそわした様子だったように思う。  特に僕は彼女に会うのは二回目だし、それまでにああいう「イマドキ」の女の子の友達もいなかった。唯一の接点は小林君だけど、それも前に町田で会ったときに思った事と同じ危惧があった。「黒田君に任せよう」というのがその時の僕の正直な気持ちだった。  しばらくして黒田君の携帯に「もうすぐ着く」と連絡が入った。来ないかもしれない、ということもあり得たので少し安心した。  「安心」・・・その時はあまり気付いていなかったけど、僕も椎名さんに会いたかったのだと思う。椎名さんは僕にとって未知であると同時に小林君の分身のような気がしていたのだと。同じ空気を感じて、僕は惹きつけられていたのだと思う。  「よぉ。」  突然現れた椎名さんに黒田君が挨拶をした。僕もつられてぎこちなくそれに続いた。前に会った時と同じように、僕の気付かないうちに彼女は現れる。  驚いた事に、椎名さんの金髪は黒髪になっていた。気分で変えた、という事らしかったが、スカートが多少短い事を除けば「かわいい普通の高校生」といったイデタチに見えた。そのおかげで、その日は前に会ったときよりずっと話しやすい気持ちになれた。  カラオケに行く事になって、最初に亜季さんから歌った。(ここからは彼女のことを「亜季」さんと呼ぶ。彼女は名前のほうで呼ばれることを好んだので。)  この時歌ったのは椎名林檎の「丸ノ内サディスティック」だった。僕は大の椎名林檎ファンだったし、学校でバンドのボーカリストをやっている亜季さんの歌はかなりの腕前だった事もあって、かなり感動してしまった。  今度彼女の高校の文化祭では「リンゴライブ」をやるという事で、勝手に楽しみになってしまったくらいだ。その後、各人それぞれ思い思いに歌って、かなり楽しい時を過ごせた。最初にあった緊張も、いつのまにかほとんど解けていた。ただ、黒田君がトイレに行っている間は少しドギマギしてしまったけれど。  「慎一が好きだった歌を歌おうぜ。」  そう言って黒田君が選んだのはTMNの「Still Love Her」という曲だった。  この曲は僕も知っていた。高校の時に、小林君や黒田君達と一緒に第九の会を紹介するビデオを作っていて、そのオープニングに使った曲だった。  元々有名な曲らしかったが、僕にとってはそのビデオを思い出す曲だった。この曲を、黒田君と亜季さんは二人ともマイクを持って歌った。本当にきれいな歌だと思った。何度も聞いたはずの歌なのに、初めてそう思った気がする。  昔、カコさんと遊んだ時の事を思い出した。あの時は、僕や黒田君達で集まって遊ぼうとした時に小林君がカコさんを連れて来たのだった。  カラオケやボーリングをして遊んだのだが、カコさんの歌う曲は当時僕が本当に好きな曲ばかりでその趣味の合いように僕はびっくり、というよりは感動していた。みんなもいっぺんにカコさんのことが好きになっていた気がする。  僕は当時からとにかく音楽が大好きな人間であったが、きっとカコさんもそうだったのだと思う。たった一度、小林君の彼女としてのカコさんに会っただけだったが、僕の中に大きく残る出会いになった。  カラオケが終わる頃には、僕は亜季さんとだいぶ打ち解けて話せるようになっていた。亜季さんが打ち解けて話してくれたからだ、というよりそれが元々の彼女の性格なのだろう。  「またね。」と言って亜季さんは帰っていった。僕は亜季さんと黒田君の関係について思った。二人は付き合ってはいないけどお互いに好きなんだと思った。ただ、亜季さんは黒田君をすごく「頼りにしている」という印象だった。黒田君は本気であると思った。  僕は、二人が幸せになってほしい、と見守るような気持ちでそっと思った。それはあの時の僕の偽りのない気持ちだった。  次の日、また黒田君から電話があった。  「お前あさって暇?予定入ってる?」  「いや、多分予定ないと思うけど。」  その日は特に予定はないはずだった。予備校の夏期講習は必要以上にとらないようにしていらからだ。それは、一年浪人してしまった自分にとって、一つの講習につき何万円も払わせる事は親に申し訳ない気持ちだったのだ。そのおかげで、夏休みという受験生にとって大事な時期でも、時間はかなりとることができた。  「じゃあさ、俺と亜季と一緒に鎌倉に行かない?」  突然の話に僕は驚いた。なんでまた・・・?  「えっ、それはお墓参りに行くって事?」  小林君のお墓は通夜と葬式をした鎌倉のお寺にあった。  「いや、むしろ亜季は墓参りには行きたくないって言ってるんだよな。でも慎一の好きだった鎌倉を周ってみたいっていうのと、普通に旅行って事で。」  「それじゃあ僕はついていけないよ。二人で行ってきたらいいじゃん。」  当然だ、黒田君はともかく僕は亜季さんとは二回しか会っていないのだ。  「お前、三人で旅行するの嫌か?」  「嫌とかじゃなくて・・・。」  それから少し話をして、少しずつ事情が分かってきた。どうやら原因は二人の微妙な関係にあるみたいだった。一度は付き合った(?)二人だったけれど、亜季さんは、自分自身しっかりしなきゃいけない、という思いや、小林君の事を大切にしたいという思いから、黒田君との距離を「友達」にしていたみたいだった。  しかしそれでも亜季さんは黒田君を頼りにしていたし黒田君にとっての亜季さんはそれ以上だった。  結局僕はこれを引き受ける事にした。多少の不安みたいなものはあったけれど、この間のカラオケの時の三人の雰囲気なら大丈夫だとも思った。  小林君が居なくなってから一ヶ月、いろんな事が変わろうとしていた。


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